終末期キーワード(終末期を考えるキーワード)

No.6 「がんの痛みについて」

text:佐野 広美(医療法人財団 慈生会 野村病院 医師)

 ある日突然がんの告知を受けたとしたら、どんな気持ちになるでしょうか。真っ先に死ということを意識する方が多いと思います。そして、家族のこと、仕事のこと、様々な気がかりが頭をよぎるのではないでしょうか。同時に多くの方が心配されることに痛みの問題があります。痛みでつらい思いをしたくないのは誰もが願うことです。

 患者さんのなかには、痛みがないにもかかわらず痛みの恐怖と戦っている方がいらっしゃいます。痛みは、単に痛いからつらいだけではなく、がんの再発を、病状の悪化を予感させ、患者さんを精神的に追い込んでいくのです。「死ぬことは怖くありません、でも痛いのだけは・・・」ということを終末期がん患者さんからお聞きすることがあります。痛みは、体だけでなく心にも大きなダメージを与えるのです。

 ところで、がんは何故痛むのでしょうか。がんの痛みの原因にはいくつかの種類があると言われています。がんは通常、体内で細胞の集団を作り大きくなっていきます。この細胞の集団が病巣です。その病巣が内臓を圧迫する、骨や皮膚などが直接病巣に侵される、病巣が神経を圧迫したり浸潤したりする、こういう原因でがんは体に痛みを起こすのです。そしてこれらの痛みはそれぞれに違った特徴をもっています。最近は、それぞれの痛みの原因に応じて、適切な薬剤の種類や使い方が研究されています。

 従って、痛みの治療にあたり大切なことは、まずその痛みを適切に評価することです。問診や診察によって痛みの性質を把握し、検査結果も含めて痛みの原因を突き止め、適切な治療を選択します。残念ながら現在のがん治療のなかでは、まだこの痛みの評価が十分に行われていないのが実情です。私たちの病院に紹介されて入院したがん終末期の患者さんの経験をご紹介します。これまで治療をうけていた病院で痛みに対して麻薬が処方され、それでも痛みが十分に取れない状況での入院でした。入院後のお話や診察の結果、皮膚を通して胆管に挿入されているカテーテルの入口が感染を起こしており、動くとその部分が痛むということがわかりました。感染の治療とカテーテルの入換えで痛みはなくなり、麻薬を中止することができました。これは極端な事例ですが、適切な評価ができなければ適切な治療に結びつかないのは、手術や化学療法、放射線治療も痛みの治療も同じなのです。

 がんの痛みのお話をするときに切り離せないのが、前出の事例でもありましたモルヒネに代表される麻薬についてのお話です。「麻薬」という言葉そのものが悪いイメージを起こしうることから、最近は「医療用麻薬」あるいは「オピオイド」という言葉が使われています。医療用麻薬に対する認識は、一般の方がたはもちろん、医療者のなかでも決して高いとは言えません。麻薬を使うと命が縮まらないか、頭がおかしくならないか、中毒にはならないか、などなど医療用麻薬については別の機会にお話をさせていただきたいと思っています。

 適切な評価のもと、適切な治療が行われれば、がんの痛みは治るのでしょうか。残念ながら、すべての方の痛みが完全に取り除けるわけではありません。実際には薬物治療などにより8割程度の痛みには対応可能だと言われています。では残った痛みはどうなるのでしょう。痛みは、環境や気持ちなどによって影響を受けます。睡眠がとれること、ご家族のいる安心感や医療者との信頼できる関係、気分がまぎれる趣味などによって、少しでも痛みは和らげることができるのです。

 また、人の痛みは身体の痛みだけではありません。心の中に起こる様々な気がかりもすべて苦痛として多面的に捉える必要があり、このような考え方を全人的苦痛といいます。死の恐怖、病状に対する苛立ち、社会的立場の喪失、家族への負担、など人により強弱は違うものの様々な苦痛があるのです。さらに最近では、個々の内面にあるといわれているスピリチュアル・ペインが注目されています。痛みの治療のためには単に身体の苦痛に対処するだけでなく、このような全人的苦痛への配慮も必要なのです。

 つらいから「早く終わりにしたい」とか「もう死んでしまいたい」と思ってしまう。そのようなことのないように、いつも患者さんがご自身の意向をしっかりと示せるように、緩和ケアに携わる医療者は心がけています。


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